美濃国分寺跡

国分寺は741年(天平時代)に聖武天皇が国家鎮護のため、日本各地に建立を命じた寺院です。美濃国分寺は、現在の岐阜県大垣市、旧中山道垂井宿と赤坂宿の間を北に向かったところにあります。

美濃国分寺跡はGoogle Mapで見てかなりの大きさと思っていましたが、現地で見ると広いです。

美濃国分寺塔跡
美濃国分寺跡

美濃国分寺跡は、とにかく広いです。天平時代にこんなスケールの寺院が日本各地に作られたことは、本当に驚きです。写真は塔跡ですが、高さは58mあったと推定されるとか。疎石も巨大です。ただ、建物の復元などはありませんので、広大な跡地が広がっているだけです。

美濃国分寺塔跡
美濃国分寺塔跡

美濃国分寺跡の北には大垣市歴史民俗資料館があります。ここでは、美濃国分寺だけでなく、周辺地域の歴史や民俗文化を学ぶことができます。

資料館に展示されている美濃国分寺の模型
資料館に展示されている美濃国分寺の模型

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