ヤンバルクイナ展望台や辺戸岬へ向かう途中に宇佐浜遺跡という看板が立っています。遺跡好きの僕としては停まらないわけにはいかないので車を停めて見てみたのですが…

どうやら、沖縄の先史時代の遺跡としては初めて発見されたとのことで、学術的な価値は高いものの、特に遺構が見られるわけでもなく、ちょっと残念という感じでした。宇佐浜遺跡についてはこちらを参照してください。
ヤンバルクイナ展望台や辺戸岬へ向かう途中に宇佐浜遺跡という看板が立っています。遺跡好きの僕としては停まらないわけにはいかないので車を停めて見てみたのですが…

どうやら、沖縄の先史時代の遺跡としては初めて発見されたとのことで、学術的な価値は高いものの、特に遺構が見られるわけでもなく、ちょっと残念という感じでした。宇佐浜遺跡についてはこちらを参照してください。
あじさい祭りを見に訪れた愛知県稲沢市性海寺歴史公園。ここにはお寺の裏手に大塚古墳という古墳があります。今ではほとんど公園の築山のようになっていますが。
愛知県稲沢市は、国府宮という地名があるように、古代から宗教的にも重要な場所とされてきたところです。この古墳は誰のものだかわかりませんが、歴史に記録が残る以前にいた有力者のものなのでしょう。
説明板には堀がある、と書かれていますが、今はよくわかりません。石室とかも見られませんから、古墳見物としてはかなり物足りないものですね。
岩村城は岐阜県恵那市岩村にある日本三大山城の一つです。天守閣などはまったく残っていませんが、中世の雰囲気を残す岩村の集落の上にそびえる山に、美しい石垣が残っています。
山頂近くまで車で行くこともできますが、頑張って下から登るルートをお勧めします。一時間くらいでしょうか。石畳の道は結構急ですが、とても雰囲気のあるハイキングになると思います。まだ幼稚園児の次男にはちょっときつい坂でしたが。
岩村城の歴史はこちらを参照してください。
ナショナルジェオグラフィックのサイトに「密林の下に眠るマヤ文明の都市」という記事が出ました。グアテマラで現在調査されている古代マヤ文明の都市オルトゥンの話です。密林におおわれているものを最新の技術で調査しているとか。
僕自身以前中米の森林地帯に住んでいて、そこでも記録がないところに住民たちが「石像がある」と言っていましたから、まだまだ知られていないマヤ遺跡は数多くあるのかもしれませんね。
僕が滞在していた頃には解読されていなかったマヤ文字もその後解読され、僕が見てきた遺跡の意味付けも変わっていますし、またいつか再訪したいものです。
ローマ古代散歩
小森谷 慶子
ローマ古代散歩という本の新版が出ました。この本、単なるローマの観光ガイドに留まらず、考古学的な発見も網羅されていて、面白いです。
ローマには既に2、3度訪れていますが、この本を持ってもう一度行ってみたいですね。
今帰仁城の主郭から石垣越しに見えるのが志慶真門郭。石垣に守られた中に家屋が数軒あった様子。

志慶真門郭は以前来た時には立ち入ることができませんでしたが、今回来て見たら、主郭のところから階段が作られていて降りることができました。
坂を降り切るとこんな感じ。
石垣に囲まれているものの、やはりやさしい印象を受ける場所でした。
今帰仁城の売り?はともかく石垣の美しさ。沖縄の城はどこへ行っても石垣が曲線で優美なのですが、今帰仁城の石垣は幾重にも曲線が重ねられているように配置されており、特に優美に思えます。これも戦いのために作られた、というのはなんだか不思議なくらい。
今帰仁城へと入る門はアーチになっていません。でもこの石垣の門をくぐるのはちょっとわくわくしますね。この門は平郎門と呼ぶそうですが、昭和37年に修復されたものだそうです。
ここから観光客向けに作られた石段、あるいはその右側に残る発掘された旧道を登ると、広い庭を経て主郭に着きます。主郭は日本の城で言えば本丸、でしょうか。でも天守閣のようなものではなく、御殿のようなものがあったようです。
2011年3月29日。例によってルネッサンスリゾート沖縄のランチビュッフェを食べてから、レンタカーで出発。今帰仁城は3年前にも訪れましたが、その時の写真は眠ったまま。眠ったままと言えば、昨年訪れた座喜味城跡と勝連城跡も写真がそのままになっているので、その内アップしなくては…。
今帰仁城は妻の要望があって再訪したのですが、ここは周囲の今帰仁村の雰囲気ものんびりと沖縄らしく、また城自体も優雅で少し歩くのに良いところです。ちなみに今帰仁村は沖縄を代表するアグー豚の産地でもあります。
今帰仁城では3年前の3月に沖縄を訪れた時とは少し変わったところもありました。
これは今帰仁城の模型。優美な石垣がどのようになっているのかが良くわかります。
これが今帰仁城の入り口。世界遺産に指定される前に、国指定の史跡になっていたようです。
今帰仁城の入り口付近にあるサトウキビジュースのお店。しぼりたてのジュースを出してくれますが、子どもたちには今ひとつ受けず。サトウキビを絞る機械には興味があるようですが。
沖縄へ来ています。宿のルネッサンスリゾート沖縄の近くに仲泊遺跡があり、古い石畳道が残されています。歴史の道 国頭方西街道と言われる道のようです。仲泊遺跡自体ははるかに古い時代の遺跡のようです。

写真の石畳道が古い街道の歴史の道、奥の洞穴状のところが仲泊遺跡第三貝塚で、先史時代後期の住居跡だそうです。自体が異なる遺跡が重なっていることがわかります。
歴史の道自体は結構長く、恩納村のホームページに地図のあるページがありましたので、リンクしておきます。私が歩いたのは博物館からルネッサンスホテル近くまでのごく一部です。またこの地図のあるページも特定のイベント用のものですから、いつまでもあるとは限りませんのでご注意を。
この記事はねぶた祭りを見に青森を訪れた旅行記の続きです。
8月3日の夜はねぶたを見たあとタクシーで浅虫温泉へ戻りました。前の晩、列車で帰ろうと思ったら臨時の快速列車がすごい混雑。しかも青森の人たちは満員電車に慣れていないせいか?列車の入り口で立ち止まってしまってなかなか乗ることもできなかったのです。小さな子ども連れだと大変なのでタクシーにしました。青森市街は混んでいましたが、そこを抜けるとスムーズに走り、意外に道路でも近いなあ、という感想です。
翌8月4日は午前中三内丸山遺跡を見学することに。再び列車で青森まで出ます。タイミングが悪くてまたまた特急列車に乗る羽目に。普通や快速がさっさかやってくるところに住んでいるので、なんだか割り切れない感じが残ります。


この日乗ったのは白鳥。東海と東京しか知らないので見慣れないデザインの電車ですね。スーパー白鳥とはまた違うデザインです。青森駅に着くと、またまた見かけない列車が。名前は忘れてしまいましたが、鉄ちゃんじゃない僕でも、見慣れない電車を見かけると、旅情を感じますねえ。
青森駅から三内丸山遺跡まではバスも出ているのですが、人数が多いこともあり、レンタカーを利用することにしました。
三内丸山遺跡までは20分ほどで着いたでしょうか。「え?こんなに近いの?」と思うくらいの距離でした。入り口はモダンな建物になっており、なんと入場無料。驚きです。

無料のガイドがあって、それに参加したのですが、本格的な発掘が行われる前には野球場か何かにする予定で、すでに工事も始まっていたのだそうです。三内丸山遺跡の詳細については遺跡のホームページを参照してください。
印象としては予想よりも広い!そして栗の木で作られたタワーが予想よりもでかい!これが2500年も前のものかと思うと、感慨もひとしおです。

世界各地の遺跡を見て歩きましたが、「木の文化」の遺跡であることを考えると、地上の遺物の少なさはともかく、規模や内容からも決して劣らない文化があったように思います。
ここのレストランには予想したとおり「発掘定食」とか、縄文時代のメニューに近いものが用意されており、食べたかったのですが、団体客が入っていて待ち時間が長く、残念ながらあきらめました。
そして青森の町に向かう途中の和食屋さんでお昼にしたのですが、子ども用の定食に納豆巻きが入っていたのには一同びっくり。僕らの地元ならかっぱ巻きか鉄火巻きが標準ですから。
(この記事は2005年8月4日に投稿したものです。)
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